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東京高等裁判所 平成5年(行ケ)182号 判決 1995年11月22日

大阪府高石市千代田2丁目3番11号

原告

阪口悦三

訴訟代理人弁護士

谷口由記

同弁理士

澤喜代治

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 清川佑二

指定代理人

奥村忠生

幸長保次郎

関口博

土屋良弘

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、平成5年審判第3022号事件について、平成5年8月27日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和60年3月29日、名称を「自動車の座席用カバー」とする考案(以下「本願考案」という。)につき、実用新案登録出願をしたが、平成5年1月21日に拒絶査定を受けたので、同年2月18日、これに対する不服の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を平成5年審判第3022号事件として審理したうえ、平成5年8月27日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年9月30日、原告に送達された。

2  本願考案の要旨

布地製の座席用カバー体にはその左右中間箇所における少なくとも上部に、当該箇所を縮ませて、伸縮性の糸状体を、自動車の座席におけるヘッドレストの幅間隔或いは略幅間隔に対応させて、縦方向に取り付けたことを特徴とする自動車の座席用カバー。

3  審決の理由

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願考案は、その出願前に日本国内に頒布された刊行物である実開昭50-66909号公報(以下「引用例」という。)記載の考案(以下「引用例考案」という。)及び周知技術に基づいて、当業者がきわめて容易に考案をすることができたものと認められるので、実用新案法3条2項の規定により実用新案登録を受けることができないとした。

第3  原告主張の審決取消事由

審決の理由中、引用例考案の認定及び本願考案と引用例考案との一致点及び相違点の認定は認める。

審決は、周知技術の認定を誤り(取消事由1)、本願考案と引用例考案との相違点についての判断を誤り、本願考案の奏する顕著な作用効果を看過し(取消事由2)、その結果、本願考案の進歩性の判断を誤ったものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  取消事由1(周知技術の認定の誤り)

審決は、「物品の表面に装着する目的で作られた非伸縮性繊維からなる布製品の分野において、該物品の形状や大きさ等がある程度の範囲内で異なる複数のものがある場合にそのすべての物品に装着できるよう、該布製品の必要箇所に伸縮性の糸状体を取り付けて布地を縮ませ、該すべての物品にぴったりと装着し得るよう構成することは周知であり」(審決書4頁12~18行)と認定したが、誤りである。

(1)  本願考案が属するのは、車両等の座席用カバー製品の技術分野であり、この技術分野において、上記のことは周知ではないし、慣用技術でもない。

審決は、本願考案が属する技術分野を、「物品の表面に装着する目的で作られた非伸縮性繊維からなる布製品の分野」と過度に拡張して認定し、しかも、審決が周知とした上記技術が、車両等の座席用カバーの製品分野において知れ渡り、あるいは、当業者において現実に使用されていることを示す公知文献を何ら例示していない。

(2)  被告が提出した乙号各証をもってしては、以下のとおり、本願考案と引用例考案との相違点に係る構成が、車両等の座席用カバー製品の技術分野において、周知のものであるとは到底いえない。

実願昭57-67362号(実開昭58-168259号)のマイクロフィルム(乙第1号証)に記載された考案は、座部の両側縁にゴム紐等の伸縮自在な弾性帯を重ね合わせて収縮状に縫着することにより、座部のめくれやずれ動きを防いで体裁を良くしたものであり、シートカバーを座席の長さに合わせてぴったりと被着させるのは、座部と背もたれ部との屈曲部を押し込み係止体で座席の座体と背もたれ体との隙間に押し込み係止する際の押し込み分の調整による作用効果であって、座部の両側縁のゴム紐を縫着したその伸縮による作用効果ではない。

実願昭46-46073号(実開昭48-5430号)のマイクロフィルム(乙第2号証)に記載された考案は、シートカバー布地の枕部分の弧状切欠部の縁側部に輪状のゴム紐の約半周を縫着する技術であって、シートの型が異なる場合も使用できるのは、前布1と後布2がやや弧状の縫合線を成すように縫成してあるためであって、ゴム紐を弧状切欠部の縁側部に輪状に約半周縫着するのは、安定した被覆ができると同時に体裁もよいという作用効果を奏させるためにすぎない。

したがって、上記乙号各証に記載のものは、本願考案のように、形状や大きさ等がある程度の範囲内で異なる複数の自動車用シートに装着できるように、必要箇所に伸縮性の糸状体を取り付けて布地を縮ませ、複数のシートにぴったりと装着し得るようにした技術とはいえない。

実願昭46-114098号(実開昭48-85913号)のマイクロフィルム(乙第3号証)記載の枕カバーは国際特許分類「A47G9/00」に属し、実公昭31-14241公報(乙第4号証)記載のブラジャーは同「A41C3/00」に属するのに対し、本願考案の自動車の座席用カバーは同「A47C31/11」に属するのであって、技術分野を定めるに当たって参考にされるべき国際特許分類上、全く異なる技術分野に属している。このことが示すとおり、自動車の座席用カバーと枕カバーやブラジャーとは、技術的思想においても、目的及び作用効果からみても、全く異なる技術分野に属することは明らかである。

仮に、上記枕カバーの考案が本願考案と技術分野が異ならないとしても、この考案は、枕への着脱が容易かつ敏速に行なうことができるという作用効果を奏させるために、少なくとも2状のベルト状ゴムを予め適当に伸長させた状態でカバー布の両端近傍部分の裏面に略平行に縫着させた考案であり、大きさの違う枕にも対応させるという作用効果を持たせたものではなく、また、大きさの違う枕にも対応させようという技術的課題を持ったものではない。

実願昭55-87160号(実開昭57-12068号)のマイクロフィルム(乙第5号証)記載の考案は、ヘッドレストカバーの両側辺及び後辺に紐通しを設けて両端を背もたれ覆い布の近傍に開口し、締め紐を挿通したものであり、本願考案の非伸縮性繊維からなる布製品の必要箇所に「伸縮性の糸状体を取り付ける」という技術思想は、何ら開示されていない。

2  取消事由2(相違点についての判断の誤り、顕著な作用効果の看過)

審決は、上記のとおりの誤った周知技術を前提として、「引用例に、シートのヘッドレストに対応する部分に伸縮可能な布地からなる伸縮部材を使用することが記載されている以上、該伸縮部材に代えて、該部に上記周知手段を採用する程度のことは、当業者が必要に応じきわめて容易になし得る設計事項にすぎない。」(審決書4頁19行~5頁5行)とし、さらに、「本願考案が該構成を採用したことによる作用効果も格別のものがあるとは認められない。」(同5頁6~7行)としたが、いずれも誤りである。

(1)  引用例考案は、「シートカバーの一部分、特に背もたれ部カバーの隅部等において部分的にニツト地等よりなる伸縮可能な布地を使用することにより、・・・形状、大きさ等の多少異なる各種のシートにフイツトし得るシートカバーを提供することを目的」(甲第6号証明細書2頁14行~3頁3行)として、「シートの側部、隅部等に対応する部分に対し伸縮可能な布地からなる伸縮部材を部分的に縫い付けたことを特徴とするシートカバー」(同1頁実用新案登録請求の範囲)であるが、次のとおり、多くの課題を残している。

まず、シートのヘッドレストに対応する部分の表地部を切り欠いて、シートの側部や隅部等に対応する部分に伸縮可能な布地からなる伸縮部材を使用しているが、伸縮部材は布地であるから、伸縮量はわずかであり、その点で多様性に欠けるから、同一車種で、しかも類似するシート形状のものにしか適用できない。したがって、多種多様の座席にそれぞれフィットする多種類の座席用カバーを生産するには多くの設備や人員を要し、また、新車がでる毎に、座席の大きさや形状等を正確に把握し、その型紙を用意した座席用カバーを製造しなければならず、大変煩わしい。

また、時好の変化等によって、座席の大きさ等が直ちに変化するから、量産化を図ることができず、生産コストが高くなり、座席用カバーが多品種にわたると、布地(生地)も多種類になり、しかも製品や中間製品も多種類になり、生産管理、品質管理、あるいは在庫管理等が非常に煩雑で大変多くの人員を要し、この点から製品コストが高くなる。

さらに、非伸縮性の布地の特定部位のみを切り欠いて、伸縮性布地や伸縮部材を縫い付ける構成では、切断及び縫着等の工程を要し、しかも形状が複雑であるために作業性、生産性が悪くなるとともに、布地に無駄が生じる。すなわち、シートの側部や隅部等に伸縮可能な布地からなる伸縮部材を形成するにあたり、種々のえぐり部を形成し、このえぐり部に沿うように伸縮可能な布地からなる伸縮部材の端辺を形成し、上記えぐり部と伸縮可能な布地からなる伸縮部材の端辺を付き合わせて重ね、この重ね合わせ部を縫製する必要があるので、裁断や縫製等の工程を要し、しかも形状が複雑であるため熟練を要し、生産性が著しく悪くなるとともに、この伸縮部材に無駄が生じて、至極コスト高になる。

需要者の側からみても、座席用カバーを購入する際に、自己の自動車の座席に適合するのはどのカバーか迷ったりあるいは間違った座席用カバーを購入してしまう恐れもある。

特に、引用例(実開昭50-66909号公報)の基礎となった実願昭48-122443号(実開昭50-66909号)のマイクロフィルム(以下「引用例の基礎となったマイクロフィルム」という。)(甲第6号証)の考案の詳細な説明の項には、第3実施例として、上部前面にヘッドレストを設けたダブルシートの背もたれ部を覆うのに適した実施例が記載されており、非伸縮性布地製のシートカバーの半円状のえぐり部4と伸縮部材5とを半円状に沿って縫い合わせることが示されている(同号証明細書8頁14行~9頁11行、図面第3図)が、これでは、伸縮部材が伸びる度合いが僅かにすぎないから、ヘッドレストがシートカバーの上部前面から上方向に突き出して設けてある場合には適合できないことになる。また、図面第3図(B)からも明らかなように、この実施例では、ヘッドレストHがシートカバーの上部からはみ出してしまっており、しかも、伸縮部材5を上方に伸ばし、ヘッドレストHの裏側に折り返し固定するためには、ヘッドレストHの裏側に折り返した箇所を固定するための固定具が必要となるが、このような固定具は開示されていないから、同実施例は、ヘッドレスト全体をシートカバーで覆うことができないものであることが明らかである。

以上のとおり、引用例考案は、シートカバーの側部、隅部等に対応する部分に伸縮可能な布地を部分的に縫い付けたものであり、たとえ伸縮度の大きい布地を用いたとしても、非伸縮性の布地に接して縫い付けられていることから、伸縮度は小さく、伸縮性の糸状体を用いた本願考案と比べて、伸縮性の点において、大きく劣ることは明らかである。

(2)  これに対して、本願考案は、引用例考案では解決されていない課題を解決するため、引用例考案のような非伸縮性布地の一部を切り欠いてその部分に伸縮部材を部分的に縫い付けるという構成ではなく、本願考案の要旨に示すとおり、「伸縮性の糸状体を、自動車の座席におけるヘッドレストの幅間隔或いは略幅間隔に対応させて、縦方向に取り付けた」との新たな構成を採用し、本願明細書に記載されているとおり、次のような顕著な作用効果を奏するものである。

<1> 座席の形状(厚さなど)や大きさ、あるいはヘッドレストを形成した座席とそうでない座席のいずれにもフィットした状態で装着できる。

<2> 背もたれの幅、厚さ及び高さ並びに形状(ヘッドレストの有無)等が変動しても座席用カバーの背もたれ裏面への折り返し寸法を変動させることによって、当該座席用カバーを皺がよることなく美麗に装着できる。

<3> 多種多様の座席に適用できる結果、量産化が容易になってコストの低減を図ることができる。

<4> 座席用カバーの種類を少なくすることができるから、生産管理、在庫管理が容易になるとともに、需要者が商品を購入しやすくなる。

<5> 非伸縮性の布地を切り欠くこともなく、また、伸縮布や伸縮部材といった高価な部品を用いる必要はなく、非伸縮性の布地と伸縮性の糸状体で十分であり、構造が簡単であり、製造しやすいうえ、布地に無駄がなく、この結果、製造コストの減少も図ることができる。

<6> 自動車に取り付けた際、その上部左右中間箇所における縦方向の伸縮性の糸状体で座席に確実に押圧された状態で密着するから、運転中や乗降の際にずれたりあるいは離脱することはない。

<7> 座席用カバーの上端縁部に糸状体を設けていないから、構造が一層簡単で、しかも当該座席用カバーを折り畳んだとき、当該カバーが極度に縮んで嵩ばることがなく、この結果、包装用袋に美麗に折り畳んだ状態で収納できる。

(3)  以上のとおり、本願考案は、引用例考案の課題を解決し、上記のとおりの顕著な作用効果を奏するものであるのに、審決はこれら本願考案の顕著な作用を看過し、本願考案の進歩性の判断を誤った。

第4  被告の反論

審決の認定判断は正当であって、原告の主張はいずれも理由がない。

1  取消事由1について

(1)  布製品の必要箇所に伸縮性の糸状体を取り付けて布地を伸縮自在として、異なる形状や大きさの違うものにぴったり装着し得るようにするという技術思想は古くから多くの分野で利用されている。

例えば、靴下の足首部のゴム、ズボンやスカートのウェストのゴム、ゴム入り腹巻き、フトンカバーやベッドカバーの周辺ゴム等日常生活における身近のものにおいて種々利用され、多くの人が経験として知っていることであって、この技術は、技術分野を問わずに周知であるといえる程一般化したものである。

したがって、審決は、周知技術の参酌に当たって、その技術分野を自動車用シートカバーに限らねばならぬ程のものではなく、「物品の表面に装着する目的で作られた非伸縮性繊維からなる布製品の分野」という、より広い分野で捕らえることが可能な場合と判断したのである。

(2)  実願昭57-67362号(実開昭58-168259号)、実願昭46-46073号(実開昭48-5430号)、実願昭46-114098号(実開昭48-85913号)の各マイクロフィルム(乙第1~第3号証)によれば、物品の表面に装着する目的で作られた非伸縮性繊維からなる布製品の分野において、その物品の形状や大きさがある程度の範囲内で異なる複数のものがある場合に、その全ての物品に装着できるよう、布製品の必要箇所に伸縮性の糸状体を取り付けて布地を縮ませ、すべての物品にぴったりと装着できるように構成することが周知であることは明らかである。特に、上掲乙第1、第2号証の各公報記載の考案は、自動車の座席用カバーに係る考案であるから、物品の分野を自動車の座席用カバーに限っても、上記技術が周知であることに変わりはない。

実公昭31-14241号公報(乙第4号証)は、物品の表面に装着する目的で作られた非伸縮性繊維からなる布製品の分野に属するブラジャーについて、凸部に装着させるために凸部の幅間隔に対応させて縦方向に縮ませるという技術思想を開示している。

実願昭55-87160号(実開昭57-12068号)のマイクロフィルム(乙第5号証)は、自動車の座席におけるヘッドレストの幅間隔に対応させて縦方向に収縮させて、大小異なるヘッドレストのいずれにも対応できるようにした技術が開示されている。

したがって、審決の周知技術の認定に誤りはない。

2  取消事由2について

(1)  前掲実公昭31-14241号公報(乙第4号証)に示されているように、収納する物の間隔に対応させて、縦方向に縮ませることにより生じる空間に、該物品を収納し、しかも、縦方向の収縮の度合いを適宜調節することにより、収納物の形状、大きさに対応できるようにすることも、極めて普通のことである。

引用例考案において、ヘッドレストがシートの上部前面から上方向に突き出して設けてある場合に適合できないものではない。

確かに、引用例の基礎となったマイクロフィルムの図面第3図(B)では、シート前面にヘッドレストを設けた例において、ヘッドレスト全体をシートカバーで覆っていないが、第1図(B)には、シートカバーを背もたれ部に被せる場合の例が示されているし、第4図には、ヘッドレスト部材がシートの上部から上方向に突出して設けられ、伸縮部材がヘッドレスト部材の両側部全面を覆ったものが示されているところからみても、第3図(B)においても、伸縮可能な布地からなる伸縮部材を縫い付けて、シートの上部から上方向に突出して設けられたヘッドレスト全体に被せるようにしたものも開示されていると解すべきである。

そして、上記伸縮部材をヘッドレストの裏側に折り返し固定するようにすることは、上記第4図の構成より当業者が必要に応じてきわめて容易に採用し得た程度のものである。

原告は、引用例考案の伸縮部材は伸縮度はわずかであると主張するが、伸縮性の布地には各種あって、伸縮性の大きなものを採用すれば、本願考案のものと伸縮度において、格段の差があるものではない。

(2)  原告が主張する本願考案の奏する作用効果は、必要箇所に伸縮性の糸状体を取り付けたカバー体の持つ自明の効果にすぎない。

したがって、本願考案で達成されると原告が主張する作用効果は、いずれも引用例考案又は周知技術が奏する効果、又はそこから当業者がきわめて容易に予測できる程度のものであり、本願考案の有する作用効果に格別のものはないとした審決の判断に誤りはない。

第5  証拠

本件記録中の書証目録の記載を引用する。書証の成立については、当事者間に争いがない。

第6  当裁判所の判断

1  取消事由1(周知技術の認定の誤り)について

(1)  本願考案の自動車の座席用カバーが布製品であることは、本願考案の要旨に示すとおりであり、一般に、人体、寝具、家具等の立体の形状の物を覆う衣類やカバー等の布製品にあって、その必要箇所にゴム紐等の伸縮性の糸状体を取り付けて、異なる形状や大きさの違うものにぴったり装着できるようにするということは、通常人の日常の経験からしても周知の技術であることは、当裁判所に顕著である。

(2)  これを自動車の座席用カバーの技術分野においてみると、引用例に、審決認定のとおり、「シートのヘッドレスト(H)に対応する部分の表地部(1)を切り欠いて、伸縮可能な布地からなる伸縮部材(5)を部分的に縫い付けて構成したシートカバー」(審決書3頁1~4行)が記載されていることは、当事者間に争いがなく、これにつき、引用例の基礎となったマイクロフィルム(甲第6号証)には、「背もたれ部Wの背面にて帯状ゴム(図示しない)によつてシートカバーをシートの背もたれ部Wに締着固定すれば、同シートの背もたれ部の寸法が多少相違するシートであつても、伸縮部材5、5及び帯状ゴムの伸縮性によつてシートカバーにしわがよらずフイツトして取付けることができ」(同号証明細書6頁5~11行)と記載されているから、引用例には、自動車の座席用カバーにおいて、座席の形がある程度異なっても、カバーの縁に伸縮性の糸状体を取り付けて当該縁を締め付け座席の表面に座席の縁がよく密着しうるようになす技術が開示されていると認められる。

また、実願昭57-67362号(実開昭58-168259号)のマイクロフィルム(乙第1号証)には、その図面に示す自動車用シートカバーにつき、「(1)は背凭部(2)と座部(3)を一連に形成せるシートカバーで、各自動車の座席の長さに多少の長短があるも対応できるように座席(A)の背凭体(8)と座体(9)の長さより若干長めに設け、その座部(3)の両側縁を伸縮自由なゴム紐等の弾性帯(4)を添付して収縮状に縫着して座体(9)の表面にシートの縁が良く密着しうるようになす。」(同号証明細書4頁6~13行)と記載され、これによれば、同明細書には、自動車の座席用カバーにおいて、座席の長さがある程度異なっても、カバーの縁に伸縮性の糸状体を取り付けて当該縁を締め付け座席の表面にカバーの縁がよく密着しうるようにする技術が開示されていると認められる。

原告は、シートカバーを座席の長さに合わせてぴったりと被着させるのは、座部と背もたれ部との屈曲部を押し込み係止体で座席の座体と背もたれ体との隙間に押し込み係止する際の、押し込み分の調整による作用効果であって、座部の両側縁のゴム紐を縫着したその伸縮による作用効果ではないと主張するが、押し込み係止体が、シートカバーの押し込み分を調整することにより、シートカバーを座席の長さに合わせて被着する作用効果を奏することは、上記シートカバーの縁に取り付けられた伸縮性の糸状体が座席の表面にカバーの縁がよく密着できるようにする作用効果を奏することを否定することにはならないから、原告の上記主張は採用できない。

さらに、実願昭46-46073号(実開昭48-5430号)のマイクロフィルム(乙第2号証)には、「弧状切欠部5、6の縁側部に輪状のゴムひも8の約半周を縫着して成る自動車用シートカバー」(同号証明細書1頁10~12行)が開示され、その「前布1と後布2はや弧状の縫合線を成すように縫成してあるのでシートの型が異なる場合も使用できる。カバーの両側上段角隅部が切欠部5、6となり且つその周縁部がゴムひもで締付けられるので安定した被覆ができると同時に体裁もよい。」(同3頁2~7行)との記載によれば、同明細書には、自動車の座席用カバーにおいて、座席の形がある程度異なっても、カバーの縁に伸縮性の糸状体を取り付けて当該縁を締め付け座席の表面に座席の縁がよく密着しうるようになす技術が開示されていると認められる。

原告は、シートの型が異なる場合も使用できるのは、前布1と後布2がやや弧状の縫合線を成すように縫成してあるためであって、ゴム紐を弧状切欠部の縁側部に輪状に約半周縫着するのは、安定した被覆ができると同時に体裁もよいという作用効果を奏させるためにすぎないと主張するが、伸縮性のゴム紐による安定した被覆ができるという作用効果は、ゴム紐が縁を締め付けることによるものであるから、上記シートカバーの縁に取り付けられた伸縮性の糸状体が当該縁を締め付けて座席の表面にカバーの縁がよく密着しうるようになす作用効果と同じであると解されるので、原告の上記主張は採用できない。

(3)  以上によれば、自動車の座席用カバーの技術分野においても、本願出願前から、前示布製品についての周知技術が適宜応用されていることは、明らかである。

したがって、審決が、布製品の自動車の座席用カバーを含め、物品の表面に装着する目的で作られた非伸縮性繊維からなる布製品の技術分野において、「該物品の形状や大きさ等がある程度の範囲内で異なる複数のものがある場合にそのすべての物品に装着できるよう、該布製品の必要箇所に伸縮性の糸状体を取り付けて布地を縮ませ、該すべての物品にぴったりと装着し得るよう構成することは周知であり」と認定したことに、誤りはないと認められる。

原告主張の取消事由1は理由がない。

2  取消事由2(相違点についての判断の誤り、顕著な作用効果の看過)について

(1)  本願考案と引用例考案とが、審決認定のとおり、「布地製の座席用カバーであって、その上部に形状や大きさ等が異なる各種の座席に使用できるようするための手段を設けた自動車の座席用カバーである点で一致し」、「形状や大きさ等が異なる各種の座席に使用できるようするための手段が、本願考案では、カバー体の左右中間箇所における少なくとも上部に、伸縮性の糸状体を当該箇所を縮ませてヘッドレストの幅間隔或いは略幅間隔に対応させて縦方向に取り付けたものであるのに対し、引用例のものでは、シートのヘッドレストに対応する部分の表地部を切り欠いて、伸縮可能な布地からなる伸縮部材を部分的に縫い付けたものである点」で相違する(審決書3頁16行~4頁9行)ことは、当事者間に争いがない。

ところで、本願明細書(甲第4、第8号証)の考案の詳細な説明中の、実施例を説明した「(1’)はパイル地で形成した自動車用の座席用カバー体を示し、該座席用カバー体(1’)は背凭れ覆い布(2)と該背凭れ覆い布(2)の上端に縫合して連設した上下調節布(3)とで形成されている。そして、この座席用カバー体(1’)は、その幅が略180cm、高さを略120cmとし、あらゆる自動車のダブルシートに適用できる大きさに構成して成る。」(甲第4号証明細書4頁15行~5頁2行)、「本考案の座席用カバー(1)は、第5図及び第6図に示すように、セパレート形の後部座席にも適用できる。」(同7頁3~5行)、「そして、本考案の最も大きな特徴は、上記上下調節布(3)の左右中間箇所には、自動車の座席(7)におけるヘッドレスト(8)の幅間隔(l)に対応させて、ゴム紐等の伸縮性の糸状体(6)がこれを伸長状態で4本縦方向に逢着され、これによって上下調節布(3)が縮むように構成して成る点にある。」(甲第8号証補正の内容(4))、「上記実施例は座席用カバー体(1’)を背凭れ覆い布(2)と上下調節布(3)とで形成した場合について説明したが、第2図及び第5図に示すように一体の布地で形成してもよく」(甲第4号証明細書6頁11~14行)との記載と図面によれば、本願考案は、カバー体をあらゆる自動車の座席に適用できるように、座席の背凭れを覆うことができる十分な大きさの実質上一枚の布地により形成し、この布地の上部所要部分に、ヘッドレストの幅間隔に対応させて、ゴム紐等の伸縮性の糸状体を伸長状態で縦方向に逢着し、当該所要部分(上下調節布と称する部分)が縮むように構成したものと認められる。

そして、本願考案の座席用カバーを座席に装着するについて、本願明細書には、「座席用カバー(1)を背凭れ(10)前面に緊張して当該座席用カバー(1)の左右両側部を背凭れ(10)の裏面側に折り返した後、座席用カバー(1)の左右両側縁部(4)(4)における係合具(9)を背凭れ(10)裏面のスプリング(図示せず)にS字型止具(図示せず)を介して連結し、次いで、座席用カバー(1)の上部を上下方向に引っ張って当該カバー(1)の上端部を背凭れ(10)の上部裏面側に折り返した後、当該座席カバー(1)の上端縁部に設けた係合具(9)を背凭れ(10)裏面のスプリングにS字型止具を介して引っ掛けるのである。」(同8頁2~13行)、「この場合、背凭れ(10)の幅及び厚みの大小の変動は、座席用カバー(1)の左右両側部の折り返し長さの大小によって吸収することができるのであり、一方座席用カバー(1)の少なくとも上部には伸縮性の糸状体(6)が、自動車の座席におけるヘッドレストの幅間隔或いは略幅間隔に対応させて縦方向に取り付けられているから、引っ張ると上下方向に容易に伸び、この結果、座席(7)の上下高さ及び厚さの変動は、座席用カバー(1)の裏面側への折り返し長さの大小で吸収できるのである。」(同8頁13行~9頁3行、甲第8号証補正の内容(6)、(7))と記載されていることが認められる。

以上の事実によれば、本願考案の座席用カバーは、上記の実質上一枚の布地からなる座席用カバー体を背凭れ部分の表面から裏面に折り返して装着するもので、ヘッドレストの有無等の形状や大きさ等がある程度の範囲内で異なる座席のいずれにも装着できるように、カバー体の大きさを最大の座席にも適用できる大きさとし、これをぴったりと装着するために、必要箇所に伸縮性の糸状体を取り付けて布地を縮ませたものであることが明らかである。

すなわち、本願考案と引用例考案の相違点に係る構成は、物品の表面に装着する目的で作られた非伸縮性繊維からなる布製品の技術分野において、「該物品の形状や大きさ等がある程度の範囲内で異なる複数のものがある場合にそのすべての物品に装着できるよう、該布製品の必要箇所に伸縮性の糸状体を取り付けて布地を縮ませ、該すべての物品にぴったりと装着し得るよう構成する」(審決書4頁13~18行)との前示周知の技術の適用にほかならないと認められる。

したがって、審決が、引用例考案の「伸縮部材に代えて、該部に上記周知手段を採用する程度のことは、当業者が必要に応じきわめて容易になし得る設計事項にすぎない。」(同5頁2~5行)と判断したことは正当である。

(2)  原告は、引用例考案は、伸縮可能な布地からなる伸縮部材を部分的に縫い付けたものであり、伸縮部材は布地であるから、伸縮量はわずかであり、その点で多様性に欠けるなどの欠点があり、本願考案は、引用例考案と比較して、顕著な効果を奏すると主張し、本願明細書に記載された効果を<1>から<7>に分けて挙げる。

しかし、前示のとおり、本願考案は、実質上一枚の布地からなる座席用カバー体を背凭れ部分の表面から裏面に折り返して装着するものであるから、カバー体をヘッドレストや座席の形状に合わせることは、もっぱらこれを装着する者の手によってなされるものであって、引用例考案のように、カバー体がヘッドレストやシートの形状に略対応する形状に予め形成されているものではないことは明らかである。

すなわち、原告主張の効果のうち、<1>~<5>、<7>の効果は、本願考案が前示周知技術を適用した構成を採用したことにより、当然に予測できる効果であり、また、<6>の効果も、引用例考案の伸縮性の布地に代えて、より伸縮性のあることが周知のゴム紐等の伸縮性の糸状体を用いたことにより、当然に予測できる効果であり、いずれもこれを格別の効果ということはできない。

したがって、審決が、「本願考案が該構成を採用したことによる作用効果も格別のものがあるとは認められない。」(審決書5頁6~7行)としたことに、誤りはない。

3  以上のとおり、原告主張の取消事由はいずれも理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵はない。

よって、原告の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 押切瞳 裁判官 芝田俊文)

平成5年審判第3022号

審決

高石市千代田2丁目3番11号

請求人 阪口悦三

大阪府堺市上野芝町5丁5番10号 澤特許技術士事務所

代理人弁理士 澤喜代治

昭和60年実用新案登録願第47667号「自動車の座席用カバー」拒絶査定に対する審判事件(昭和61年10月9日出願公開、実開昭61-163567)について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

理由

(手続の経緯・本願考案の要旨等)

本願は、昭和60年3月29日の出願であって、その考案の要旨は、補正された明細書及び図面の記載からみて、実用新案登録請求の範囲に記載されたとおりの、

「布地製の座席用カバー体にはその左右中間箇所における少なくとも上部に、当該箇所を縮ませて、伸縮性の糸状体を、自動車の座席におけるヘッドレストの幅間隔或いは略幅間隔に対応させて、縦方向に取り付けたことを特徴とする自動車の座席用カバー。」にあるものと認める。そして、該構成を採用したことにより、形状や大きさ等が異なる各種の座席に使用できるようにしたものである。

(引用例)

これに対し、原査定の拒絶の理由に引用された本願出願前に頒布された実開昭50-66909号公報(以下、「引用例」という)には、特に第3図とともに、

「シートのヘッドレスト(H)に対応する部分の表地部(1)を切り欠いて、伸縮可能な布地からなる伸縮部材(5)を部分的に縫い付けて構成したシートカバー」が記載されており、該構成を採用した目的は、請求人も認めているとおり、「形状、大きさ等の多少異なる各種のシートにフィットし得るようにした」点にある。

(本願考案と引用例との対比)

本願考案と引用例に記載された考案とを対比すると、引用例記載の「伸縮部材(5)を部分的に縫い付け」た構成も、本願考案の「縮ませ」た「伸縮性の糸状体を・・・縦方向に取り付け」た構成も、ともに、カバーを形状や大きさ等が異なる各種の座席に使用できるようするための手段といえるから、両者は、

「布地製の座席用カバーであって、その上部に形状や大きさ等が異なる各種の座席に使用できるようするための手段を設けた自動車の座席用カバー。」である点で一致し、以下の点で相違している。

「形状や大きさ等が異なる各種の座席に使用できるようするための手段が、本願考案では、カバー体の左右中間箇所における少なくとも上部に、伸縮性の糸状体を当該箇所を縮ませてヘッドレストの幅間隔或いは略幅間隔に対応させて縦方向に取り付けたものであるのに対し、引用例のものでは、シートのヘッドレストに対応する部分の表地部を切り欠いて、伸縮可能な布地からなる伸縮部材を部分的に縫い付けたものである点。」

(当審の判断)

そこで、前記相違点について検討する。

物品の表面に装着する目的で作られた非伸縮性繊維からなる布製品の分野において、該物品の形状や大きさ等がある程度の範囲内で異なる複数のものがある場合にそのすべての物品に装着できるよう、該布製品の必要箇所に伸縮性の糸状体を取り付けて布地を縮ませ、該すべての物品にぴったりと装着し得るよう構成することは周知であり、引用例に、シートのヘッドレストに対応する部分に伸縮可能な布地からなる伸縮部材を使用することが記載されている以上、該伸縮部材に代えて、該部に上記周知手段を採用する程度のことは、当業者が必要に応じきわめて容易になし得る設計事項にすぎない。

そして、本願考案が該構成を採用したことによる作用効果も格別のものがあるとは認められない。

(むすび)

したがって、本願考案は上記引用例に記載された技術、及び周知技術に基づいて当業者がきわめて容易に考案をすることができたものと認められるので、実用新案法第3条第2項の規定により実用新案登録を受けることができない。

よって、結論のとおり審決する。

平成5年8月27日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

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